できるヤツから離れていくより発展。
多くの場合、たった一人の人だけで仕事をすることはありません。営業に回って仕事を発掘し、折衝して仕様をフィックスし、仕様を元に設計、設計を元にコーディング、仕様、設計を元にテスティング、パッケージして納品してお客様に説明して、そして長いメンテナンスの期間へと移行...これを全て一人で回している方って、いらっしゃるのでしょうか。
つまり、人は、チームで仕事をします。「チームひとり」の時も、それは設計からテスティングあたりまでがひとりなだけで、受注や納品、メンテナンスは、他の人が担当していないでしょうか。
フリーで仕事をされている方も、ご自身の仕事は、ご自身で探してきていらっしゃるでしょう。しかしそれは、エンド ユーザに当たる人のところへ直接営業に出かけているのでしょうか?
そういえば、父を経由して転職の話があったのですが、「ハードウェアの設計と製造、それ用のミドルウェアの設計と製造、飛び込み営業が出来る人を探しています」といわれ、即座に断りました。ええ、3人ではなく、ひとりだったので。もちろん、こんなマルチな展開を個人個人がやっても、「チームほんとにひとり」ではないのです。何しろ「会社」という組織なのですから。
閑話休題。
個人が成長するとき、その成長は個人が考えているところまで、個人のスピードで右肩上がりに伸ばすことが出来ます。ただし、ここでは角度は考えません。ただ、「成長し続けることが出来る」というところにとどめます。
しかし、多くの人が、企業で働いていると思います。あるいは、フリー エンジニアであっても、何らかのグループとして、仕事をしているでしょう。その企業、あるいはグループの成長は、どうでしょうか。
個人の場合は、ただ単一の思考によってのみ、コントロールが出来ました。しかし、グループには、複数の個体があります。したがって、個々の思惑が違えば、成長の方向もばらつきが出ます。方向がばらついているだけならかまいません。グループには、「卒業」と「新入」というイベントがあります。これを考えないわけにはいきません。
企業の場合、毎年のように「退職者」が発生します。その人たちによる生産性の低下を埋めるために、「就職者」が発生します。退職者よりも就職者のスキルが低い場合、組織としての成長は、一旦下がります。概して、多くの経験による知識を持った退職者に比べて、就職者はスキルが低い場合が多いと言っていいと思います。そこで、新しい人のレベルを如何に上げておくのか。それを考えてみるのも面白いと思います。
算数があります。算数の基礎は、加算だと思います。しかしその前に、「数」というものが定義されていていなければなりません。「1」の次が「2」と決まっていないと、「1,2,3・・・」のように数えることが出来ません。時と場合によって「1,2,3」だったり、「1,5,2」だったりすると困りますよね、ということです。
数が定義されます。「九」の次は「十」と決められます。「九十九」の次は「百」と決められます。こう決められることで数えることが出来ます。数えることが出来るので、加算が出来ます。
さて、ここで「知識の伝達・継承」が必要になってきます。誰かが「同じ数を決まった回数加えることを、乗算とする。記号を×とする。」と決めます。この決めたことが広まり、定着しないと、独りよがりなルールになるだけです。知識の伝達・継承には、教育が大きな役割を果たしています。多くの国で、義務教育という制度が設けられ、その制度の中で、基礎的な知識の伝達が行われています。あるいは、教育によって、基礎学力が上昇すると言い換えることが出来るでしょう。
日本では、義務教育の期間に基礎的な学力を身につけるのが望ましいとされています。ここで「望ましい」としたのは、日本の義務教育は年齢による教育を受ける義務、教育を受けさせる義務であって、一定のレベル以上になることを義務としていないからです。これはこれで別の話題になるので、ここまで。
さて、基礎的な学力について、です。転じます。基礎的な開発技術力について、です。基礎的な学力は、一応、義務教育の期間に学ぶことが出来ます。さらに勉強したい人は、高等学校へ。さらに興味を持った分野について見識を広めたい人は、大学へ行きます。では、基礎的な開発技術力は、どこで学ぶのでしょうか。
会社組織に入ってから学ぶのでしょうか。それであれば、新人が入ってきたとたん、組織としての開発力が下がるのは、仕方のないことです。しかし、それでは困ります。困らないためには、下がってもいいだけの開発力がある間に新人を導入し、余力でもって新人に開発技術力を学んでもらわなければなりません。
先に、算数を学ぶためには数の概念を身につけていなければならないことを示しました。開発の現場でも同じです。物事の考え方、考えのまとめ方、流れの組み立て方、わからないことを調べる方法など。これらについて、ある程度の基礎が出来ていないと、基礎の上にある応用を、まねることは出来ても理解することは出来ません。理解できないなら、それは「開発技術力がある」ことにはなりません。理解が出来ていないということは、どのような場合に適用できるかについて考えることが出来ないということでもあり、同じ方法が適用できる場面で適用できないということだからです。そして、人によって長短はありますが、基礎を身につけ、応用力にまで発展させるには、ある程度時間がかかります。
このように、個人が成長するのは、個人が思うままにコントロールし、右肩上がりに上げていけます。しかし、組織の成長は、そのようにはならないことがあります。そして、仕事は組織で行うものです。個人が行うのでなく、組織が行う仕事は、その組織の誰か個人が優れた技術を持っているからといって、そのレベルにまで上げることは出来ません。他の個人もいるからです。組織の成長には、波があります。個人の成長と違い、下がることもあります。このとき、一番後ろの人にあわせろとは言いません。しかし、一番前の人にあわせることも、また難しいと思います。この落としどころは、経営的判断によってなされるでしょう。
投稿日時 : 2008年12月16日 23:39