「情報を発信する」と一口に言うけれど、その情報が与える影響、伝えたいことを読んだ人に与える影響を考えたとき、いろいろと思うことがあるのは事実かなぁ
たとえば、プログラムについて
間違った情報を流してしまうかもしれない、と思って何度か考えて検証して、できる限りのことをしてから発信するっていうのが読む人への礼儀なような気がする。それでもやっぱり間違うこともある、人間だし。でも、そうだったときには「正しくはこうだったんだ」ということを残しておく必要はあると思うし、自分がそう思ってなかったとはいえ、「ごめんなさい」という気持ちは表明しておかなくちゃって思うんだ。その覚悟がなくちゃ、って個人的には思ってる。
ただの日記?について
まぁそれなら、いわゆるチラ裏、チラシの裏に書いとけ、なんて思う。それでもあえて、「公に人の目に触れるだろう」情報発信の内容として選ぶなら、たたかれる覚悟も反論される覚悟も、それから何かを得ようとする気概も、きっと必要なんじゃないかと思ってる。まぁ逆にポジティブな展開で、共感する人から反応があったり、さらに話題が発展して、新しいことを知ることもできるっていうクセになりそうな媚薬もそこにはあるわけで、それを知ってしまうとついこうやって呟いちゃうわけだけどw だからといって、それを自演してバレてちゃタダのマヌケなわけだがw
結局「自分は絶対に正しい」だけのスタンスだと、いろんなやり取りの中で、分け合えるかもしれないことの何一つとして分け合えないってことだと思うけどね。
うん、これは、こそっとつぶやいただけw