Mr.Tです、こんにちは。
痛いニュースから
「娘がシートベルトを嫌がるので付けずにいたら飛行機から降ろされた。日本は知的障害への理解が足りない」…障害者支援施設長
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1168875.html
この書き方では叩かれるだろうな、という書き方しかしてないです。
私も、シートベルトは締めないといかんね、としか思えない。おそらく記事中の人は飛行機の安全度については
認識不足だったのだろう。
#いや、私だって飛行機には、のらないので安全度はしらないのだけど!
私自身、叩かれている側の立場にいつでも立つ可能性は十分にあるわけですが、単純に個人的な感想をいえば
知的障害の周りにいる関係者たち(単純に云えば保護者など)は、事前予告をしていないような印象を受けている。
単純な話、納得させてないんじゃないか、と。この場合、シートベルトを締めること、それをしないとどうなるのか
ということ、の点についてですか。
知的障害の場合、言葉での意思疎通ができない場合であれば、絵カードや、それに通ずる写真、ビデオなどを用いて
視覚的に理解を行わせる必要があります。この絵などの画像で意思疎通できないほど知的障害が重大である場合は、
少なくとも身体的な制約(寝たきりとか)があるのがほとんどだと思っています。
これは、あくまで行為の事前に行わせる必要があり、それも直前では云われた本人もすぐに対応できない場合が多いので、
何度も繰り返し説明をして、認識を持たせなければならない。そうでないと、本人がきちんと納得できない。
しかし、これをわかっている人はなんだかあまり多くない、ように思えるので、はっきり示しておく必要があると思う。
知的障害があった場合には、事前に予定をきちんと告げる、本人にわかるように理解させる、これが一番の策である。
忘れることも考慮にいれて、くどいくらいに念を押す、なんてのは当然で、そのうえでさらに、本人の保護者、関係者たちが、
できるだけ目を届かせる。
そして、周囲に理解を求める、という方法でないといけない。
いきなり障碍を告知し、「これを受け入れてください」というのはどだい無理な話です。
自分が受け入れられた時のことを思い浮かべればすぐにわかる。少なくとも、彼らを受け入れるには時間がかかったはずだ。
それを社会に対して準備なしに「受け入れろ」といってもそれは、無理だろう。
だから、記事の中の人は、こういうべきだったはずだ。
「きちんとシートベルトはつけさせます。ただ、この人は障害があって、これをつけることで非常に強いストレスが
かかるかもしれません。シートベルをつけないとどうなるかを理解できても、そのストレスは押さえ込めない場合が
あります。なので、大きな声を出したり、騒いだりするようなこともあるかもしれません。それはご理解ください」
知的障害だろうがなんだろうが、履き違えてはいけない。ルールをきちんと納得させなければ、本人はそのルールを
守ろうとはしない。
知的障害の人たちは、不幸だろう。それは、彼らがルールをきちんと理解してくれるまで、社会は待ってくれないからだ。
さらにいえば社会よりも待てないのが、関係者たる親が待てないのだろう。