<?xml version="1.0" encoding="UTF-8" ?> <rss version="2.0" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:trackback="http://madskills.com/public/xml/rss/module/trackback/" xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/" xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"><channel><title>自閉症/広汎性発達障害</title><link>http://blogs.wankuma.com/mrt/category/1742.aspx</link><description>自閉症/広汎性発達障害</description><managingEditor>Mr.T</managingEditor><dc:language>ja-JP</dc:language><generator>.Text Version 0.95.2004.102</generator><item><dc:creator>Mr.T</dc:creator><title>発達障碍であることの線引きについてを考えてみる</title><link>http://blogs.wankuma.com/mrt/archive/2009/06/26/176607.aspx</link><pubDate>Fri, 26 Jun 2009 05:33:00 GMT</pubDate><guid>http://blogs.wankuma.com/mrt/archive/2009/06/26/176607.aspx</guid><wfw:comment>http://blogs.wankuma.com/mrt/comments/176607.aspx</wfw:comment><comments>http://blogs.wankuma.com/mrt/archive/2009/06/26/176607.aspx#Feedback</comments><slash:comments>3</slash:comments><wfw:commentRss>http://blogs.wankuma.com/mrt/comments/commentRss/176607.aspx</wfw:commentRss><trackback:ping>http://blogs.wankuma.com/mrt/services/trackbacks/176607.aspx</trackback:ping><description>&lt;p&gt;Mr.Tです、こんにちは。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;最近、こんなタイトルのことをつらつらと考えています。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;まずもって、障碍というと「普通かそうでないか」という線引きとして使われるよね、という点です。&lt;br&gt;&lt;br&gt;確かに、障碍者の人たちを見ると、「普通ではないのだ」というバイアスが確かに自分の中にでてきます。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「おかしいよね」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「へんだよね」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「どうして、&lt;strong&gt;こう&lt;/strong&gt;*1じゃないの？」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;＊1 ：こういう容姿、こういう感情、こういう行動&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;ひとつ、引用しようと思います。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;障碍であるとは、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;--Wikipedia引用&lt;/p&gt; &lt;blockquote&gt; &lt;p&gt;なんらかの機能の不全（障害）があるために、日常生活や社会生活に制約を受ける人のこと&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt; &lt;p&gt;--引用ここまで&lt;/p&gt; &lt;p&gt;とあります。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;私たちの日常生活や社会生活で、制約をうけているわけですから、普通ではないのは頷ける説明だと思いませんか。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;言い換えれば、彼らは日常生活と社会生活において不自由な部分があると云えると思います。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;つまり、それが顕著な形で見えるほど、その人は障碍者として認知しやすくなる、ということです。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;じゃあ、顕著に見えない人はどうなるか・・・当然ながら、理解してもらうこと、認識を改めてもらうことからはじまります。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;ぱっと見で顕著に見えなくとも、障碍として重度というケースも当然あります。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;#医療面での認知されている実績があれば、障碍として認められるのは早いとはいえるかもしれません&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;発達障害（ADHD、LD）&lt;/p&gt; &lt;p&gt;広汎性発達障害、自閉症、アスペルガー症候群等々&lt;/p&gt; &lt;p&gt;#何か世代的には、自閉症という言葉に非常に強い嫌悪を抱く人が多いような気もしますが、それは個人的感想として&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;これらの障碍は、何が問題であるのか、という認識がまず、私たちにありません。自閉症という言葉自体、ここ20年ほど前くらいから&lt;/p&gt; &lt;p&gt;ようやく障碍であることを認知されてきたので、肉体的な障碍への認知よりも、その歴史は浅いです。簡単にいえば、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「発達障害って、つまりバカってこと？」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「わがままだからじゃないの？」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「親の育て方に問題があったんだ」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「池沼とか閉じ込めとけ」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;ここらへんの認識というところでしょうか。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;逆に云えば、私たちはまだ、これら障碍を目のあたりにする機会というのはまだ非常に少ないと云えるでしょう。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;認知としても、一般的な世相からの意見としても、これからきちんと「どんな障碍なのか」を認識していかなくてはいけないはずです。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;しかし、知的障害などは見た目でわかりやすいのですが、それ以外の障碍というのはかなり「うがった目」で見続けないと&lt;/p&gt; &lt;p&gt;それと認識することができないと個人的に思っています。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;というのも、発達障害や、広汎性発達障害等々、これらは日常生活、社会生活で、物理的な肉体制約をうけている（肉体的制約も&lt;/p&gt; &lt;p&gt;あるけれども）部分よりも、精神的な制約を受けているという側面を持つものです。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;これは、ありていにいえば、通常の日常生活や社会生活のルール、規範から意図せず逸脱してしまうことを意味します。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;曰く、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「せんせー、○○ちゃん、鼻くそ、たべちゃってます！」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「なんで、こいつ人の目を見ないでしゃべるの？ ムカつくわ」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「おとーさん！ 毎日、毎日、ご飯にマヨネーズかけてたべるのやめてよ！」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「（なんで、この人、にやにや笑いながら自転車に乗ってるの？ キモイ）」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「この服しかないっていってるでしょ！ 朝は時間がないの！ はやくしなさい！」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「電車の中で、ポテトチップス開けて食べるとか、ひどいwwww」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「どうしてもこの子は、授業中にうろうろするのよねぇ・・・」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「うわー、汚い食べ方・・・もう社会人なのに、この食べ方はどうなの？」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;少し情景が見えますか？&lt;/p&gt; &lt;p&gt;他人からすると、笑い話のようなところもありますが、見た目はこんなものなのです。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;つまり、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&lt;strong&gt;「多少逸脱した健常者の行動」と「障碍からくる行動」というのは見分けもつかない&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;のです。だからこそ、障碍としてはわかりにくいのでしょう。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;なおかつ、あなたが知っている人に当てはまったとしてもなんら不思議ではないし、だからといって、彼らが健常者であるか&lt;/p&gt; &lt;p&gt;障碍者であるかなど、あなたたちには線引きすることは難しいし、医者ですら間違うことがあります。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;私が、個人的に知っている発達障害などを専門にしている医者がいますが、この人がこんなような意味のことを云ってました。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「たいていの場合、普通って云われている人も、どこか障碍者に似てるところがあったりする。パズルのピースのように&lt;/p&gt; &lt;p&gt;障碍として認められるピースが、だいたい20%くらいはあるもんですよ。そのピースが多いと障碍として線引きされるように&lt;/p&gt; &lt;p&gt;なるわけです」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;これは、説明内容としてはすばらしくわかりやすいものだと感じました。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp; &lt;/p&gt; &lt;p&gt;私たちは通常、健常者として自分たちを認識しています。というより、自分には「おかしいところ」がないという認識ではないか&lt;/p&gt; &lt;p&gt;と思います。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;このおかしいということが、学問的な分類というより、日常的な感覚から、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;これは自分の個性であるとか、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;こういうちょっと変わった人であるとか、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;ちょっとだけ、こだわっているとか、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;ちょっとだけ、頑固であるとか、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;ちょっとだけ、ちょっとだけ・・・&lt;/p&gt; &lt;p&gt;そういう形でおさまりどころを見つけます。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;しかし、その「ちょっと～」という部分は、はたして貴方が健常者であるという保障にはなりえません。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;それは健常者の「ちょっと」でしょうか？それとも、まだ診断をうけてないけど障碍の「ちょっと」でしょうか？&lt;/p&gt; &lt;p&gt;だれがそれを判断できるのでしょう？ 医者も間違うこの線引きを。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;あなたのパズルの困ってしまうピースは、どのくらいあるのでしょうね？&lt;/p&gt; &lt;p&gt;そして、それは、どこから障碍になってしまうのでしょうね？&lt;/p&gt;&lt;img src ="http://blogs.wankuma.com/mrt/aggbug/176607.aspx" width = "1" height = "1" /&gt;</description></item><item><dc:creator>Mr.T</dc:creator><title>はっきり云うことは、悪ではない</title><link>http://blogs.wankuma.com/mrt/archive/2008/12/18/164321.aspx</link><pubDate>Thu, 18 Dec 2008 18:54:00 GMT</pubDate><guid>http://blogs.wankuma.com/mrt/archive/2008/12/18/164321.aspx</guid><wfw:comment>http://blogs.wankuma.com/mrt/comments/164321.aspx</wfw:comment><comments>http://blogs.wankuma.com/mrt/archive/2008/12/18/164321.aspx#Feedback</comments><slash:comments>1</slash:comments><wfw:commentRss>http://blogs.wankuma.com/mrt/comments/commentRss/164321.aspx</wfw:commentRss><trackback:ping>http://blogs.wankuma.com/mrt/services/trackbacks/164321.aspx</trackback:ping><description>&lt;p&gt;Mr.Tです、こんにちは。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;自閉症もそうですが、広汎性発達障碍と診断された人について、「やめて欲しいこと」があったとします。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;たとえば、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「ところかまわずげっぷをすること」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「ところかまわず鼻をほじること」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「ところかまわずオナラをすること」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;#オイ、そこのオッサン！ 逃げんな！&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;彼らは、それだ他人から見られて恥ずかしいという感情がおきません。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;子供の年齢が低いうちは、大人が「アラアラ、オホホホ」的な対応をするからでしょう、健常児でもやたらとそういう行為をして&lt;/p&gt; &lt;p&gt;気を引きたがる部分はありますよね。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;もちろん、広汎性発達障碍であっても、子供ならそういうことは同じらしく、こちらが笑ったりしておざなりな対応をすると&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「そういうことをしたら、面白そうにわらってくれるんだ」的に思い込みます。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;が、逆に普通に怒ってしまうと、「怒られた！」という感情ばかりが先にたってしまい、なぜなのかをきちんと理解できぬまま&lt;/p&gt; &lt;p&gt;その場が過ぎてしまう可能性が高いです。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;なので、こういう行為には、&lt;/p&gt; &lt;ul&gt; &lt;li&gt;&lt;font size="4"&gt;&lt;strong&gt;真顔で&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;&lt;/li&gt; &lt;li&gt;&lt;font size="4"&gt;&lt;strong&gt;なるべく抑揚をつけず（怒っているようなそぶりをなくして）&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;&lt;/li&gt; &lt;li&gt;&lt;font size="4"&gt;&lt;strong&gt;直接的に&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;&lt;/li&gt;&lt;/ul&gt; &lt;p&gt;　云うことがミソです。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　オナラをして、ぎゃはははと笑ってきたら、「おもしろくありません」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　鼻をほじって、にやーとしたら、「鼻は家でほじります」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　わざとげっぷをしたら、「げっぷの音がうるさいです」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　※オナラをしません、というのは物理的に無理ですから、これは却下。&lt;br&gt;&amp;nbsp; トイレでしましょう、も外出時には無理な場合があるので、無理なケースがあるということが教えることも後に必要&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　※鼻をほじるのは、家の中では我慢しなくていいはずです。あまりほじるようなら、原因は別にある（鼻がかゆい、炎症等）&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　&lt;/p&gt; &lt;p&gt;といった感じでしょうか。ともかく、ここで怒るような表情はみせたらいけません。どちらかといえば無表情に&lt;/p&gt; &lt;p&gt;いうのがポイントです。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;そんなに直線的に云ったら、子供が傷つくんじゃないか、というのはそれは実は、逆です。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;きちんと、いやなことは空気を読まずにいえるべきです＞障害者、健常者問わず&lt;/p&gt;&lt;img src ="http://blogs.wankuma.com/mrt/aggbug/164321.aspx" width = "1" height = "1" /&gt;</description></item><item><dc:creator>Mr.T</dc:creator><title>記事感想：「娘がシートベルトを嫌がるので付けずにいたら飛行機から降ろされた。日本は知的障害への理解が足りない」</title><link>http://blogs.wankuma.com/mrt/archive/2008/08/28/154485.aspx</link><pubDate>Thu, 28 Aug 2008 01:22:00 GMT</pubDate><guid>http://blogs.wankuma.com/mrt/archive/2008/08/28/154485.aspx</guid><wfw:comment>http://blogs.wankuma.com/mrt/comments/154485.aspx</wfw:comment><comments>http://blogs.wankuma.com/mrt/archive/2008/08/28/154485.aspx#Feedback</comments><slash:comments>4</slash:comments><wfw:commentRss>http://blogs.wankuma.com/mrt/comments/commentRss/154485.aspx</wfw:commentRss><trackback:ping>http://blogs.wankuma.com/mrt/services/trackbacks/154485.aspx</trackback:ping><description>&lt;p&gt;Mr.Tです、こんにちは。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;痛いニュースから&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「娘がシートベルトを嫌がるので付けずにいたら飛行機から降ろされた。日本は知的障害への理解が足りない」…障害者支援施設長&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&lt;a title="http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1168875.html" href="http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1168875.html"&gt;http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1168875.html&lt;/a&gt;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　この書き方では叩かれるだろうな、という書き方しかしてないです。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　私も、シートベルトは締めないといかんね、としか思えない。おそらく記事中の人は飛行機の安全度については&lt;/p&gt; &lt;p&gt;認識不足だったのだろう。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;#いや、私だって飛行機には、のらないので安全度はしらないのだけど！&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　私自身、叩かれている側の立場にいつでも立つ可能性は十分にあるわけですが、単純に個人的な感想をいえば&lt;/p&gt; &lt;p&gt;知的障害の周りにいる関係者たち（単純に云えば保護者など）は、事前予告をしていないような印象を受けている。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　単純な話、&lt;strong&gt;納得させてない&lt;/strong&gt;んじゃないか、と。この場合、シートベルトを締めること、それをしないとどうなるのか&lt;/p&gt; &lt;p&gt;ということ、の点についてですか。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　知的障害の場合、言葉での意思疎通ができない場合であれば、絵カードや、それに通ずる写真、ビデオなどを用いて&lt;/p&gt; &lt;p&gt;視覚的に理解を行わせる必要があります。この絵などの画像で意思疎通できないほど知的障害が重大である場合は、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;少なくとも身体的な制約（寝たきりとか）があるのがほとんどだと思っています。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　これは、あくまで行為の事前に行わせる必要があり、それも直前では云われた本人もすぐに対応できない場合が多いので、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;何度も繰り返し説明をして、認識を持たせなければならない。そうでないと、本人がきちんと納得できない。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　しかし、これをわかっている人はなんだかあまり多くない、ように思えるので、はっきり示しておく必要があると思う。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　知的障害があった場合には、&lt;strong&gt;事前に予定をきちんと告げる、本人にわかるように理解させる&lt;/strong&gt;、これが一番の策である。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;忘れることも考慮にいれて、くどいくらいに念を押す、なんてのは当然で、そのうえでさらに、本人の保護者、関係者たちが、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;できるだけ目を届かせる。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　そして、周囲に理解を求める、という方法でないといけない。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　いきなり障碍を告知し、「これを受け入れてください」というのはどだい無理な話です。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　自分が受け入れられた時のことを思い浮かべればすぐにわかる。少なくとも、彼らを受け入れるには時間がかかったはずだ。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　それを社会に対して準備なしに「受け入れろ」といってもそれは、無理だろう。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　だから、記事の中の人は、こういうべきだったはずだ。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　「きちんとシートベルトはつけさせます。ただ、この人は障害があって、これをつけることで非常に強いストレスが&lt;/p&gt; &lt;p&gt;かかるかもしれません。シートベルをつけないとどうなるかを理解できても、そのストレスは押さえ込めない場合が&lt;/p&gt; &lt;p&gt;あります。なので、大きな声を出したり、騒いだりするようなこともあるかもしれません。それはご理解ください」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　知的障害だろうがなんだろうが、履き違えてはいけない。ルールをきちんと納得させなければ、本人はそのルールを&lt;/p&gt; &lt;p&gt;守ろうとはしない。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　知的障害の人たちは、不幸だろう。それは、彼らがルールをきちんと理解してくれるまで、社会は待ってくれないからだ。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　さらにいえば社会よりも待てないのが、関係者たる親が待てないのだろう。&lt;/p&gt;&lt;img src ="http://blogs.wankuma.com/mrt/aggbug/154485.aspx" width = "1" height = "1" /&gt;</description></item><item><dc:creator>Mr.T</dc:creator><title>ボーダーラインである人たち</title><link>http://blogs.wankuma.com/mrt/archive/2008/08/15/153034.aspx</link><pubDate>Fri, 15 Aug 2008 00:05:00 GMT</pubDate><guid>http://blogs.wankuma.com/mrt/archive/2008/08/15/153034.aspx</guid><wfw:comment>http://blogs.wankuma.com/mrt/comments/153034.aspx</wfw:comment><comments>http://blogs.wankuma.com/mrt/archive/2008/08/15/153034.aspx#Feedback</comments><slash:comments>0</slash:comments><wfw:commentRss>http://blogs.wankuma.com/mrt/comments/commentRss/153034.aspx</wfw:commentRss><trackback:ping>http://blogs.wankuma.com/mrt/services/trackbacks/153034.aspx</trackback:ping><description>&lt;p&gt;Mr.Tです、こんにちは。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;今現在、ちょっと考えていることをまとめてみます。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&lt;strong&gt;ボーダー&lt;/strong&gt;、というのは、発達障碍や広汎性発達障碍としての診断がつけにくい、障碍なのかどうなのか、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;判断しづらい領域という意味です。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;広汎性発達障碍、自閉症スペクトラムであるかどうか、それは医師の判断が必要なのだが、世間一般的には&lt;/p&gt; &lt;p&gt;それは彼/彼女の行動に対して、病名がつけられるかどうかだけの話といっても、そう間違いではない。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;例えば、一人の人間が、学校という世界の中で一定期間生きていく場合は、この病名がつくというのは非常にわかりやすい。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「あの子は、見た目以外にここが違うのだ」ということをはっきり認識させるためのものだ。&lt;/p&gt; &lt;ul&gt; &lt;li&gt;他の教師を納得させやすい（この子は、～という障碍があるから、こういう特殊な指導が必要うんぬん）  &lt;li&gt;他の親を納得させやすい（この子だけが、別格な扱いをうけているのは、こういう障碍があるからなのだ）  &lt;li&gt;他の子供に説明しやすい（この障碍あるため、特別扱いされているところがあるのだ）&lt;/li&gt;&lt;/ul&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;ボーダーである場合、まず医者からの診断がつきにくい。というより、その医者によって診断がバラバラになる可能性が高い。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;さらに、ボーダーであるため、もしかして障碍があるのでは、という点に気がつきにくい。親、医療関係者、教師関係であっても、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;そこに同じ判断が出てくるとは限らない、ということだ。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;ul&gt; &lt;li&gt;「あの子はああいう性格の子なんです」&lt;/li&gt; &lt;li&gt;「いままで、ああいう子は何人もみてきました。あの子は、大丈夫です」&lt;/li&gt; &lt;li&gt;「どうしても、この子がきちんとしていくには、こういう教え方が必要なのです」&lt;/li&gt; &lt;li&gt;「落ち着きがないのはしょうがないのです、それが障碍だからです」&lt;/li&gt;&lt;/ul&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;いったい、この世界をしらない人間には、どれを信じたらよいのかわからないくらいのカオスな様相を呈している。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;果たして、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;「個人別に、その子にあった方法を考える」　VS　「全体の中に組み込んで、ある程度の許容量をもって、その子を受け入れる」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;という図式をどうやって考えるか、だ。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;個人別である、ということは、基本的に全体の中には混じっていけないことを示す。つまり、今の基本的な教育形態では&lt;/p&gt; &lt;p&gt;全くついていけない、ということだ。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;反して、全体の許容量というのは、存外狭いところがある。かなり細かい部分だけを見られて、個人的に大事にしたい&lt;/p&gt; &lt;p&gt;という部分は、おなざりにされる、ということはある。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp; &lt;/p&gt; &lt;p&gt;障碍であるかどうか、などは、顕微鏡でもわからないし、そういう判断を下している医師はいない。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;あくまでも、彼/彼女が見せる行動を直接的/間接的に取得して判断する、だけだ。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;つまり、いくらでも判断の間違いようもあるし、これまで正しいと思われてきたことも、覆される恐れはある。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;しかし、障碍は、パターン的な部分や、ベースとなる反応というのがやはり存在しているため、ちょっと詳しく子供を見てきている&lt;/p&gt; &lt;p&gt;人であれば、たちまち「この子は、どこかおかしい」という信号をきっちり受信できる。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;しかし、その「おかしい」というのは、なにをもっておかしいという判断を下すのだろうか。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;ボーダであると、障碍をもっている人と、そうでない人の違いというのは、すでにどこにあるのかなどわからなくなってきている。&lt;/p&gt; &lt;ul&gt; &lt;li&gt;「見た目もかわらないが、ちょっとだけ落ち着きがなく、勉強に集中できない子供」&lt;/li&gt; &lt;li&gt;「見た目もかわらないが、ちょっとだけ落ち着きがなさそうな、仕事に集中しているような感じがない大人」&lt;/li&gt; &lt;li&gt;「じっとイスにすわっていることはできているのだけど、いつもどこか留守になっていて、話をきちんと聞けない子」&lt;/li&gt; &lt;li&gt;「じっとイスにすわっていることはできているのだけど、部下の話をうまく聞けず、自分の立場だけを考える大人」&lt;/li&gt; &lt;li&gt;「人から聞いた話をきちんと、自分なりの言い方でまとめて話をすることができず、つい間違ってしまう子供」&lt;/li&gt; &lt;li&gt;「人から聞いた話をきちんとまとめているつもりなのに、意図せず勘違いしている大人」&lt;/li&gt;&lt;/ul&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;できる、できない、という点について、単純に「やらないから、できない」のだ、という場合もあるだろうし、「障碍だからできない」&lt;/p&gt; &lt;p&gt;という場合もあるだろうが、それを二分する条件は、医師の判断があるのかどうかという点においてだけになっているのが、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;現在の状況だろう。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;皆、一つのことを忘れている。彼/彼女は、どうしたところで、今のやり方では前に進めていない、ということだ。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;それが意図的であれ、障碍のせいであれ、きちんと行えるまでやり方を考え、その方法を実行しなければ前に進むことはできない。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;それは障碍としてみるか、個人の性格、特質としてみるかで、対応はずいぶん異なってくるのだ。&lt;/p&gt;&lt;img src ="http://blogs.wankuma.com/mrt/aggbug/153034.aspx" width = "1" height = "1" /&gt;</description></item><item><dc:creator>Mr.T</dc:creator><title>自閉症を受け入れる</title><link>http://blogs.wankuma.com/mrt/archive/2008/06/11/142889.aspx</link><pubDate>Wed, 11 Jun 2008 18:14:00 GMT</pubDate><guid>http://blogs.wankuma.com/mrt/archive/2008/06/11/142889.aspx</guid><wfw:comment>http://blogs.wankuma.com/mrt/comments/142889.aspx</wfw:comment><comments>http://blogs.wankuma.com/mrt/archive/2008/06/11/142889.aspx#Feedback</comments><slash:comments>3</slash:comments><wfw:commentRss>http://blogs.wankuma.com/mrt/comments/commentRss/142889.aspx</wfw:commentRss><trackback:ping>http://blogs.wankuma.com/mrt/services/trackbacks/142889.aspx</trackback:ping><description>&lt;p&gt;Mr.Tです、こんにちは。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;自閉症の親、それと周りにいる近しい人たちが、「その人は自閉症である」ことを受け入れることは、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;色々な穴があるようだ。これは中々おいそれとは飛び越えられない、ものかもしれない。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;時間がかかってようやくできることもあるだろうし、相手の成長のきかっけ、もしくは環境の変化等々によって&lt;/p&gt; &lt;p&gt;ふと受け入れられている自分に気がつくが、なにしろ、穴は無数にあいている。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;一度落ちた穴から這い上がったからといって、別の穴に落ちないとはいいきれない。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;そして、それははじめから見えているわけではない。一度見えるようになったのであれば、だいぶ穴には落ちなくなるだろうけど。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&lt;strong&gt;あなたは、すでに別の世界の中に足を踏み入れてしまっているのだ。&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt; &lt;p style="padding-left: 0.5em; font-size: 12pt; padding-bottom: 0.2em; width: 80%; color: red; padding-top: 0.2em; background-color: silver"&gt;■受け入れられぬ&lt;/p&gt; &lt;p&gt;そもそもが、親は子供を選べない。子供も親を選べない。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;つまり、障害うんぬんを抜きにしても、子供が親に受け入れられないという現象は、全く珍しくない。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&lt;font size="3"&gt;&lt;strong&gt;「本当にオレの子供か？」&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&lt;font size="3"&gt;&lt;strong&gt;「全く似てないじゃないか」&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&lt;font size="3"&gt;&lt;strong&gt;「なんでこんなにブス/ぶさいくな顔なんだ？」&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&lt;font size="3"&gt;&lt;strong&gt;「オレには関係ないだろう」&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&lt;font size="3"&gt;&lt;strong&gt;「子供なんか、好きじゃない。欲しくなかった」&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&lt;font size="3"&gt;&lt;strong&gt;「仕事の邪魔をするな」&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;なにも、自閉症だけじゃないではないか。こんなにも親は子供を受け入れない。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;しかし、現実には、その子は存在しており、生きている。そうやって見ないようにしても&lt;/p&gt; &lt;p&gt;自閉症がなくなるわけでも、その子がいなくなるわけでもない。日々生きて、何かを感じて、あなたに接してくる。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;たいてい毎日顔をあわせているはずだし、その言葉、行動を見聞きしている。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;それをしていないというのは、単純に蓋をかぶせているだけだ。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;受け入れられないことが発端で、二次、三次と弊害がおきるのは、その自閉症である子供だけではなく&lt;/p&gt; &lt;p&gt;その親に対してもそうである。実は、これら弊害の方が、当事者や親にとって深刻なケースにつながる場合もある。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;その弊害というのは最悪の場合、死に結びつくような形になってしまうかもしれない。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;そうでなくとも、離婚、別居、家庭内暴力（DV)、心のすれ違い、無視、といった様々な形として現れる。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p style="padding-left: 0.5em; font-size: 12pt; padding-bottom: 0.2em; width: 80%; color: red; padding-top: 0.2em; background-color: silver"&gt;■知識がない ・経験がない・用意がない&lt;/p&gt; &lt;p&gt;何かを行うにしても、まったくの徒手空拳では、それこそ現実に押しつぶされてしまうだけである。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;が、自閉症という診断を受けた親たちのほとんどは、３つのものがない状態で、いきなり宣告をされる。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;#医師からの診断を受けて、ようやくきちんと病名がつくのは、実際小学校に入ってからというのは結構少なくないようである。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;診断前の状態でも、子供がどこかヘンである、ということは薄々気がついているはずだが、むしろそれを打ち消したくなる。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐゴシック" size="3"&gt;&lt;strong&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐゴシック" size="3"&gt;&lt;strong&gt;「こんなはずはない！」&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐゴシック" size="3"&gt;&lt;strong&gt;「お前が教育していないからだ！」&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐゴシック" size="3"&gt;&lt;strong&gt;「こんな遺伝、ウチにはない！」&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐゴシック" size="3"&gt;&lt;strong&gt;「遅れているだけ！」&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&lt;font face="ＭＳ Ｐゴシック" size="3"&gt;&lt;strong&gt;「ウチの子は障害者じゃない！」&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;例えば、そういうことでなくとも、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;その子供が人のたくさんいるデパートで、パニックを起こしたとき、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;人にぶつかってもごめんなさいといわなかったため、相手が烈火のごとく怒っているのをただ、眺めているとき、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;ふと療育手帳を手にとって、その判定を目の前にしたとき、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;さまざまなときに、その&lt;font size="4"&gt;&lt;strong&gt;事実&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;をつきつけられる。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;なぜ、こんなことができない？&lt;/p&gt; &lt;p&gt;なぜ、こんな風になってしまう？&lt;/p&gt; &lt;p&gt;どうして、どうして？&lt;/p&gt; &lt;p&gt;それに対する答えというのは、知識では埋められない。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;であるから、親が最初受け入れられないというのは非常に当たり前のことで、珍しいことではないと私は思っている。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;そうであるにもかかわらず、自閉症の親がどうすればその一歩を踏み出せるのか、ということについて触れられている&lt;/p&gt; &lt;p&gt;ものは少ない。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p style="padding-left: 0.5em; font-size: 12pt; padding-bottom: 0.2em; width: 80%; color: red; padding-top: 0.2em; background-color: silver"&gt;■どうすればいい？&lt;/p&gt; &lt;p&gt;最終的な結論としては、「どうしたいの？」と聞き返したいくらいだ。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;いや、普通の子には、どうしたって&lt;font face="ＭＳ Ｐゴシック" size="4"&gt;&lt;strong&gt;「直らない」&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;のは、もう身をもって体験しているに違いない。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;だからこそ、指標を失ってしまっているという状態なら、いったん、最低限何を求めているのかについて考えてみることだ。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;その中で妥協しなくてはいけないこと、というのが必ずある。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;すくなくとも、「&lt;font face="ＭＳ Ｐ明朝" size="4"&gt;&lt;strong&gt;あなたが変わらなければ、子供を望む方向にはもっていけない&lt;/strong&gt;&lt;/font&gt;」のは確かだろう。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;すくなくとも、今の自分が子供のすべてを受け入れられることなんて、絶対にありえないと考えても問題ない。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;なにしろ子供というのはたいてい暴君なのだ。トンデモ上司なのだ。無遠慮な近所のオバサン連中なのだ。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;いわゆる普通の親だって、何度も間違い、受け入れるのだ。自閉症の子供なら、なおさらだろう。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;まずは受け入れられない自分を取り戻すのが先だ。あせってはどうしようもない(※1)。すくなくとも、小学生だから、 &lt;p&gt;中学生だから、高校生だから、成人だから、というのは、彼/彼女の発達には、なんの意味もない。 &lt;p&gt;#すでに、通常という枠組みから外れた時点で、年齢による判断を求める視点というのはほぼ意味がなくなる。&lt;br&gt;#彼らは、小さいうちから、その先どうやって社会でいきていくのか、の判断を求められる。 &lt;p&gt;&amp;nbsp; &lt;p&gt;そして、受け入れられない部分が、いくつあるのか列挙してみるのが一番だ。  &lt;p&gt;まずは、それについてきちんと話ができるようになればいい。 (※2、3) &lt;p&gt;誰に？伴侶に、医者に、親に、友人に、他人に。  &lt;p&gt;&amp;nbsp; &lt;p&gt;&amp;nbsp; &lt;p&gt;そして、それを形（言葉/絵/画像/映像/音)にしておくことだ。 &lt;p&gt;それらすべてを使わなくてもよいかもしれないが、それによって、相手が理解してくれるかもしれない。 &lt;p&gt;理解してくれた、というのは、自分を相手が受け入れてくれた証拠だ。 &lt;p&gt;&amp;nbsp; &lt;p&gt;非常に苦痛ではあるが、現時点では、それが最良な方法ではないか、と思う。 &lt;p&gt;&amp;nbsp; &lt;p&gt;&amp;nbsp; &lt;p&gt;※1 &lt;p&gt;それすら考えられないとか、というのであれば、  &lt;p&gt;「今自分は、落ち着いて考えられていない」ことを認識する。  &lt;p&gt;#ここでいう落ち着いたというのは、見た目の問題ではなく、きちんと受け入れられない部分を挙げて、&lt;br&gt;#話ができることだ。 &lt;p&gt;※2 &lt;p&gt;こういうのは「時間が解決してくれる」という部分も非常に大きいし、いきなり変化することはできないだろう。  &lt;p&gt;ただ、実際、時間だけでは解決できない。今すぐやれ、という部分を先延ばしにするだけだ。  &lt;p&gt;時間を経るというのは実際、感情を含めた記憶が薄れるということだけだ。それで再び前にすすめるだろう。  &lt;p&gt;今の抱えている問題に対しての感情を風化させてくれるので、その間に、問題が解決できるくらいの状態に成長していれば、  &lt;p&gt;総じて時間が解決した、ということになる。  &lt;p&gt; ※3&lt;/p&gt; &lt;p&gt;すこし落ち着いてきて、色々と考えることができるようになってきたら、私が頑張らなくちゃと思いはじめる。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;その時には、きちんと子供のために何をすべきなのかを考えることだ。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;そして、それは本当にそうなのか、というのを確認することだ。可能ならば、色々な人、複数の人に確認するべきだ。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;だからといって、正しい答えが得られるとは限らないのだけども。&lt;/p&gt;&lt;img src ="http://blogs.wankuma.com/mrt/aggbug/142889.aspx" width = "1" height = "1" /&gt;</description></item><item><dc:creator>Mr.T</dc:creator><title>自閉症の人たちの増減</title><link>http://blogs.wankuma.com/mrt/archive/2008/05/14/137698.aspx</link><pubDate>Wed, 14 May 2008 18:33:00 GMT</pubDate><guid>http://blogs.wankuma.com/mrt/archive/2008/05/14/137698.aspx</guid><wfw:comment>http://blogs.wankuma.com/mrt/comments/137698.aspx</wfw:comment><comments>http://blogs.wankuma.com/mrt/archive/2008/05/14/137698.aspx#Feedback</comments><slash:comments>3</slash:comments><wfw:commentRss>http://blogs.wankuma.com/mrt/comments/commentRss/137698.aspx</wfw:commentRss><trackback:ping>http://blogs.wankuma.com/mrt/services/trackbacks/137698.aspx</trackback:ping><description>&lt;p&gt;Mr.Tです、こんにちは。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;自閉症の人数について、5/10わんくま勉強会でセッションの中でも触れましたが、自閉症の人が増えているかどうかについての&lt;/p&gt; &lt;p&gt;情報を一つ例示しておきます。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&lt;a title="http://www5d.biglobe.ne.jp/~yamabiko/dr_toukou2.htm" href="http://www5d.biglobe.ne.jp/~yamabiko/dr_toukou2.htm"&gt;http://www5d.biglobe.ne.jp/~yamabiko/dr_toukou2.htm&lt;/a&gt;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;ここでは、発症率と有病率という言い方をしていますね。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;発症率は、一定期間に病気が発生する率、有病率は、特定集団の中で発症した人の率、ということになります。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;なるほどと思うのが、転居などで、発症率というのは変化するため、実際に増えているのかどうかはわからない、という点ですね。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;リンク先にもありますが、検査方法がきちんとした専門家で行われているか、というのは非常にネックになる点でしょう。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;集計を行う上ではデータ数が必要になるわけですが、それを判定する上で専門家での正しい目がないと、データとして非常に粗い目で&lt;/p&gt; &lt;p&gt;とりあげたものでしかありません。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;また、増えているという印象があるのは、自閉症やアスペルガーが以前よりも知れ渡ったことにより、診断を受ける対象の子供が&lt;/p&gt; &lt;p&gt;増えたことも原因ではないかと思われます。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;さらに、自閉症が「親のせいではない」ということで、診断に対する意識が高まったという部分はあるようにも感じられます。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;話は少しずれますが、まだ自閉症についての認知度も低かったときには、それという知識も持たずに育てられ、なにか他人と違うという認識を持ちつつも&lt;/p&gt; &lt;p&gt;障害のない人と同様の道筋を強いられてきたということはあるのだと思います。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;昔はまだ「ちょっとへんなやつ」とかでくくられていただけなのかもしれませんが、それは今となっては慰めにもなりません。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;昔はそういうことは、おおらかに受け止めていたなんて思っているのであれば、それは間違いです。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;彼らはきちんと彼らの本質を受け止められていないがために、困難な道を歩まされてきたはずです。障害であることを認められないのは、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;障害者たち本人ではなく、まわりにいる私たちである、という認識を持つべきではないかと思っています。&lt;/p&gt;&lt;img src ="http://blogs.wankuma.com/mrt/aggbug/137698.aspx" width = "1" height = "1" /&gt;</description></item><item><dc:creator>Mr.T</dc:creator><title>自閉症の診断されるタイミング</title><link>http://blogs.wankuma.com/mrt/archive/2008/05/12/137276.aspx</link><pubDate>Mon, 12 May 2008 01:14:00 GMT</pubDate><guid>http://blogs.wankuma.com/mrt/archive/2008/05/12/137276.aspx</guid><wfw:comment>http://blogs.wankuma.com/mrt/comments/137276.aspx</wfw:comment><comments>http://blogs.wankuma.com/mrt/archive/2008/05/12/137276.aspx#Feedback</comments><slash:comments>4</slash:comments><wfw:commentRss>http://blogs.wankuma.com/mrt/comments/commentRss/137276.aspx</wfw:commentRss><trackback:ping>http://blogs.wankuma.com/mrt/services/trackbacks/137276.aspx</trackback:ping><description>&lt;p&gt;Mr.Tです、こんにちは。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;5/10わんくま大阪勉強会でのアンケートに&lt;/p&gt; &lt;p&gt;3歳くらいでも自閉症というのは診断されることがあるのか、というのがありましたので、それについて&lt;/p&gt; &lt;p&gt;私が知っている範囲でエントリしておこうと思います。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;#私は医者でもないし、医療関係者でもないので、あくまでも個人の経験や見聞きしたことからの&lt;br&gt;#話という点は先にお話しておきます。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;結論から言えば、私ではわかりませんｗ＜オイ&lt;br&gt;医者でもない人間が、判断するのは難しいからです。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;ただ、雑感としては、おそらく3歳でも診断されることはあるんじゃないかな、と思っています。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;それはしかし、専門の医師であっても誤診にならないように注意を払うため、その子供の発達&lt;/p&gt; &lt;p&gt;の度合いを見ながら、診断するはずです。そのため、その可能性があったとしても、すぐに診断を下す、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;ということはあまりないはずです。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;#特に呼びかけに反応しない、というのは耳（聴覚）に異常があった場合でも起こりえるため&lt;/p&gt; &lt;p&gt;また、親がその手のことに意識を向けていなかったため診断が遅れてしまったということも、あります。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;まず、3歳児検診ってのがどんな子供でも、保健所なりでやってくださいねー、というお知らせがくるはずです。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;で、そこでちゃんと発育しているかなということを聞き取り&amp;amp;診断されるわけですが、その際にいきなり&lt;/p&gt; &lt;p&gt;自閉症かもしれませんといわれることは、ほぼないでしょう。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;この部分は今でも非常に問題があるんじゃ？のですが、保健所で診断される場合は、きちんとした検査や、障害に対しての&lt;/p&gt; &lt;p&gt;専門の先生がいないケースもあり、自閉症などの障害のきざしを見落としてしまうことが、あるようです。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;それは発達の遅れというところですが、言葉が出ない、遅れている、ことに対して&lt;/p&gt; &lt;p&gt;もっと本を読んでくださいね&lt;/p&gt; &lt;p&gt;もっと話かけてくださいね&lt;/p&gt; &lt;p&gt;もっとふれあってくださいね&lt;/p&gt; &lt;p&gt;という形で終始するせいかもしれません。親には知識がない人がほとんどなのに、それについての説明は若干&lt;/p&gt; &lt;p&gt;不足な感じは否めないようにも思えます。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;#自閉症であれば、上記のことで、発達がすすむということはありえない。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;そのため、実際にやっぱりおかしい、と専門の先生にかかって診断されるまでの時間がかかってしまうというケースは&lt;/p&gt; &lt;p&gt;あるようです。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;何度も云いますが、いくら長年子供の医療と付き合ってきた人であっても、専門の医師でなければきちんとした&lt;br&gt;判断は下せません。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;もし悩んでいるのであれば、あたりまえですが専門医に相談をしましょう。&lt;/p&gt;&lt;img src ="http://blogs.wankuma.com/mrt/aggbug/137276.aspx" width = "1" height = "1" /&gt;</description></item></channel></rss>