元ネタ
ここ
原発が
・クリーンなのか否か。
・安全なのか否か。
・効率的なのか否か。
今回の一連の騒ぎで、私の判断基準も揺らいでいます。
以前は、原子力廃棄物を閉じ込めて埋没することに抵抗があったのですが、以前のエントリーのやりとりで、
「埋没は物質の格納形態が変わっただけで、全体的にみれば、良否の対象ではない。半減期が数年あっても短期的なモノ」という結論に達したのです。、
でも、再び、疑問に感じ始めました。そもそも自分たちで処理しきれない状態のまま封印して埋没するのは「臭いモノに蓋」に思えてきました。
江戸自体から続く、ゴミでの埋め立ても同類と思うのです。
そのゴミでは、物理的な環境は悪化しないかもしれないし、悪化レベルも低いでしょう。しかし、自分たちが生み出したものを綺麗に後始末できないのは、モラルとして疑問が残ります。
今や、原子力発電は不可欠だと言われています。
しかし、リスクを被ってしまったのは「後始末する技術」が未完成のまま、原子力の有効部分だけ先に甘受してしまったツケだと思います。
津波による事故は不可避だったのでしょう。しかし、事故が発生しても、速やかに対応できる体制があれば、ここまで不信感を招くことはなかったでしょう。
xxxシーベルトやxxxxベクレル、値が話題になってますが、元ネタのコメントのように、事故以前の測定値が不明なので、比較できないし、判断しようがありません。
法律上の規制値も、安全率がどのくらいで設定しているのか不明です。
「500mSV でガンが発生する可能性が高まる」とありまずか、広島・長崎での経験則で発生率が数%高まる程度とも言います。
発生率が5%増加するといっても、誤差の範囲かもしれません。となると500mSVが本当に危険な限界値か否か不明確です。
十分な安全を見込んだ規制値なのか、これ以上は確実に危険になる規制値なのか不明です。十分すぎるほど安全な規制値でしょう。
マスコミ等も御用学者も、都合のよい数字で解説するのでなく、純粋に科学的に評論して欲しいです。
農作物や飲料水など、「乳幼児は飲むな」というのも判らない。危険ならば、大人でも危険でしょう。「かもしれない」程度ならば、副流煙や交通事故のほうが確立は高い。
放射線はある程度浴びるほうが健康的だと主張する人もいるし、実際のところ、危険ラインが判らない。
とにかく、判らないことばかりで、不安だけが高まります。
計画停電という無計画停電の根拠もいまだに不明確。以前、原発17機を止めたときは、どうにか帳尻があったらしい。
今回は、火力発電も止まっているので不可避だいうが、全発電所の合計値と不足分の数字が、聞く人によって異なるので実態が判らない。
推進派は原発をやめれば、産業が止まるというが、どの程度、どのくらい不足するのか、反対派と数字が一致しない。
電気の必要量と要求量は、推進派も反対派も同一であるはず。それが異なっていること自体、論にならない。
根拠となる数字が信頼できないのは、一連の報道でよく判りました。
今後、原発設置は世論が厳しくなるのは確実でしょう。私も、根拠が不明確である間は、原発反対を唱えるしかあるまい。
「後始末ができないものを製造してはいけない」という原則があると思うのだが、どうだろう。