日本語は兎角難しいと言われるが、他の言語がネイティブになった事なんてないので、日本語が難しいのか簡単なのか分からない。とりあえず、文章を書く際の読点の位置には悩む。
他人が理解できる日本語を話す事は簡単でも、他人が理解できる日本語を書く事は存外難しい。相手の理解度の途中経過を観て、言い回しの変更等が出来ず、一発で伝えなければならないのが書き言葉の難しいところである。更に、書いている本人は自分の文章を当然理解できるので、自分の文章の悪い所が見つかり難い。推敲しても完璧とは言えないのだ。
世の中には、分かり難い文章がとても多い。教養を積んだいい大人が随分変な日本語を書いてしまう。分かり難い文章の問題点など枚挙に暇がないが、とりあえず、次の 1 点に注意すれば相当マシになるのではなかろうか。
「僕は彼女を大事にしているが、他の男と遊んだので泣いた」
上記は極端な例ではなく、日常でも散見するとても分かり難い日本語である。他の男と遊んだのが僕なのか彼女なのか分からないし、泣いたのが誰かも分からない。普通は「僕は彼女を大事にしているが、彼女が他の男と遊んだので僕は泣いた」と理解するところだが、実は書き手は「僕は彼女を大事にしているが、僕が他の男と遊んだので彼女は泣いた」と言いたかった。先の文章を読んでそれが伝わっただろうか?
途中で主語が変わるならば、それを明示しよう。とんでもない誤解が生まれる可能性がある。
話は変わって、レストランの店員が「ご注文の方は以上でよろしかったでしょうか?」という類の言葉に対して、鬼の首をとったようにやいのやいの言う人がいる。確かに正しい日本語ではないし、ツッコミたい気持ちも分からなくもないが、言葉は生き物で常に進化するものだ。正しかろうが正しくなかろうが、相手に通じればそれは最早正しい日本語と言えるだろう。いちいち細かく言うのはやめて頂きたい。