プチ祭りな予感がして.......
ネタ元: http://blogs.wankuma.com/unyora/archive/2009/09/19/181478.aspx
難易というより、ヤヤコシクなっていると思います。
するべき処理は単純なのに、処理するツールの設定条件など覚えなければならない約束事が多く、知識の有無が生産性を大きく左右します。
ソースの内容を理解せずにコピペするのは、厳禁とされていますが、そのソースが、DLL化されていたら、ブラックボックス化されていたら、市民権を得ます。
利用者は、使い方を知れば使えます。
「知らないけれど使える」このことを批判する人もいますが、「知っていれば幸せだけど、知る必要がない」事もあります。
ソートやマッチングはロジックを組む必要がなくなった変わりにSQLの習得が必要になりました。
文字列比較は、自前で比較ルーチンを書かなくなった変わりに、正規表現が必要になりました。
簡単になった反面、習得すべき項目は増加しているので、トータル的に難しくなっていると思います。それが進歩というのか疑問ですが。
戦前の国語は旧カナ使いでした。 例) てふてふ=> ちょうちょう さうでせう=>そうでしょう
年配の人で若い人に対して「今の若い人は、仮名遣いもしらない無知な人だ」と言う人がいました。
現代文学の表現は、知らなくてもできます知っていても関係ないとも言えます。
プログラムも年々進歩していて、手間暇掛けて開発していたロジックが数行で書けるようになりました。その面では簡単になりましたが、それを使って表現する内容は、もっと複雑になりました。
この手の問題はゼロサムゲーム(or 総和一定)だと思うのです。簡単になる部分はどんどん簡単になるが、使うこなすのはもっと複雑になる.....
Cからポインターを取ったことで、JAVA/C#が開花したことは、否定できないでしょう。
「ポインタや\0終端子文字列は、プログラマの常識事項だ」と叫んでみても、それが不必要な分野の人にとっては、何所吹く風で、知らなくても困らないですね。
「allocしたらfreeするのが常識だ」といっても、 GCが前提となっている言語では、メモリ解放は不要だし。
危険なのは、 GC完備の言語の意識で、 「C言語は遅れている」とか、逆に、「メモリ意識のない言語は駄目だ」というふうに、自分の言語文化で他の言語を評価することですね。
「メモリ管理が必要だからCが生きる」といった視点が必要でしょう。