http://www.asahi.com/national/update/1225/TKY200612250236.html
http://blogs.wankuma.com/taka/archive/2006/12/25/53672.aspx
先ず、反感を覚悟で敢えて言うが、私は死刑制度に賛成だ。
受刑者の人権がどうだと騒ぐ人間はあまりに浅はかだ。
死刑制度の意義は「犯罪の抑止力」。この 1 点に尽きる。死刑執行方法が絞首刑なのか電気椅子なのかといった事は問題ではないはずだ。死刑は犯罪者への罰ではない。
人間が性善なのか性悪なのかを議論するつもりはないが、人間は犯罪を犯す。これが厳然たる事実だ。法は人間のその性質を制御するためにあり、法治国家を謳うならば死刑制度は必要だ。
何故こうも毎日毎日犯罪が起こるのだろうか。海外がどうなのか知らないが、日本は犯罪者に甘すぎる。被害者の人権は全く守られないに等しいにも関わらず、犯罪者の人権は必死で守ろうとする。
人を殺せば死刑にされるという事をもっと認識させれば犯罪は減る。勿論、情状酌量の余地ありの殺人はなくならないだろうけども。
冤罪の可能性は必ずある。冤罪を 100% 確実に無くす事は不可能かもしれない。法を司る者は神に近い判断を下す必要がある。裁判員制度が始まれば、それは我々にも要求される。最初は死刑が絡むような強烈な裁判に関わる事はないだろうが、近い将来訪れるだろう。法はもっと精緻にならなければならないし、人間はもっと賢者になる必要がある。
死刑をなくすのではなく、徹底的に冤罪をなくす努力をすべきだ。
そして、死刑を執行する刑務官は、自分達が法治国家の重要責務を担っているという誇りがあるはずだ。好んでやってはいないかもしれないが、決して汚れた仕事ではない高尚な仕事だ。