頂いたコメントの中に「cの使い手の中には、他言語使いを軽視する。人がいる。」と解釈できる文がありました。
同意できる部分をあるので、なんでだろう。と思ったのです。
「人は平等である」と建前で言っていても、上下関係を築いて保身に走ろうとする弱い面がありますね。
福田首相の「あなたとは違う」発言は顰蹙を買ってますが、自分に選民意識があることを露呈しましたね。
個人の得意分野と不得意分野と比べたら、不得意分野が圧倒的に大きいものです。「私はできるんだ」と言ったところで、「極小の部分で優秀なだけ」に過ぎません。
開発者等のプロ得意分野ので勝負するのは当然な事ですが、得意分野か優秀だからといって、「不得意分野の人の評価を低く見る」のは意識が幼いと思うのです。自分ができないことを出来る人には敬意を払いたいものです。
そうしないのは、差別意識に通じるものを感じます。本物だけがすべてと考えている節を感じます。しかし、本物って何でしょう。何を持って本物と定義しているのか聞いてみたいものです。
・ブランド品が本物と主張する人
・コーヒーは「ブルマン」より「キリマン」だ。
・米は「ささにしき」より「コシヒカリ」だ。
・肉はグラム1000円以上でなくちゃダメだ。
・ウナギは国産に限る。
利き酒テストしたらボロボロになるので、あちこちの番組で取り上げられてネタになってます。
「似非本物指向者」と呼んでます。
・ブランドにこだわらず、自分の味覚、眼力で本物と確証する人で且つ、他の存在も同等に評価する人。
・自分の味覚、眼力で本物と確証するが、それが唯一で、他は「ダメ」とする人。
うーん。寛大さというか、 人間性がでるのでしょうね。技術力以前の問題だと思うのですが。
C関係の知識は、プロである開発者は、知って欲しい、という思いは私もありますが、必要とは考えません。「知った方が造詣が深まるよ」程度です。
職業プログラマでも、OSや言語自体が好きな人や、単なる道具と認識している人もいます。
業務アプリ開発者の何割かは、仕事関係の開発スキル以上を望まない傾向があります。それでも職業としては仕事は成立します。会社も本人も不満が無ければ、他人がとやかく言える問題ではありません。その人たちに、「c」はとか、「ポインター」とかを説いても、ピント外れな感がします。
必要な技術は、必要な場所で発揮します。不釣り合いな場所に優秀でも不用な技術を持ってきても困ります。
自分の知識が本物で、新技術は否定する人も類型かも知れません。こちらの人は結構いますが、良さが解れば、変節するので害にはならないでしょう。
・パソコンが登場してきたときは、汎用機系の人は、「こんなのはおもちゃに過ぎない」と酷評してました。
・電子レンジが出てきたときは、「そんな安直なものは調理器ではない」
・乾燥機がでてきたときは、「主婦の手抜きを助長する悪しき道具だ」
・デジカメがでてきたときは、「おもちゃだ、スティールカメラは不滅だ」
・オートマチック車がでてきたときは「ミッション操作ができないと、運転者としては致命傷だ」
その他多し
いずれも、登場した製品が席捲しているのは周知の通りです。
否定してたことを忘れて、恩恵に預かっているのでかわいいものです。中には否定していたことを否定する人もいます。
「本物」というモノは存在しないのかもしれません。