Ognacの雑感

木漏れ日々

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ギャラリ

2008年8月21日

明記されていないことの意味

前回、規則(法律や規約)に関することを書いたのですが、規則に明記されていないことの扱いが気になりました。
「明記無し」という意味は複数あるように感じます。
・自明で常識なので明記しない : 万人共通の常識なんて存在しないのに、「常識だから明記しない」その結果、誤認によるトラブルが発生する。

・規則集が、肯定形の列挙で構成されているとき(bbbはしても良い。xxxxの時はyyyyをする。zzzzの時はaaaをする)の、明記無き事は、してはいけないのでしょう。

・規則集が、否定形の列挙で構成されているとき(cccはしてはいけない。xxxの時はyyyyをしてはいけない。)の、明記無き事は、してもよいのでしょう。
・肯定形と否定形が混在しているときの、明記無き事は、判断が付きません。

システムの規則は、しても良いことを列挙したほうが、悪影響は少なく、誤認による不具合は少ないようです。
教典に「誕生日」の記述がないので、「誕生日を祝わない」とする集団もあります。
システム開発など、するべき事が明確なケースは、「してもよい」ことを列挙することで、制約を課して、守備範囲を小さくするのも手段でしょう。
それ以外のケースでは、これは、ネガティプに作用すると考えています。
「明記された事しかできない」ことは、新しい行為を試すことが不可能になるから「進歩を否定すること」になると思います。「明記されたことはしてはダメ」としても、すべてのダメ事を明記するのは不可能です。「明記無きことは何をしても良い」と理解する人が現れかねません。

明記無きことは、「社会通念上の判断に従う」ことになるのでしょうが、これは、常識判断を迫ることになり、「万人に共通な常識はない」ことに反します。
単に言葉遊びに過ぎないのかもしれませんが、明文化の難しさと、規則の立脚基盤ってアヤフヤだなぁと感じます。

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