古来の日本の時刻は変動制で、日中6分割、夜間を6分割して算出していました。可変時刻制でした。
夏場の1刻と冬場の1刻では長さが異なります。和時計は、振り子の長さを変えるだけでなく、文字盤の刻字位置を変える全自動時計まで存在したと言いますから、驚くべき応用力ですね。
一間は1.8mで六尺 一尺 = 30.3030303 センチメートル とされてます。
しかし、時代によって値は異なり、尺は18cmから30.3cmまで変化したようです。他に、鯨尺、曲尺も長さが異なります。
1里の長さも時代によって変わるようで、九十九里浜は654m換算だとぴったりだといわれてます。
1間の長さ(畳の縦)も江戸間、京間で異なります。柱の内法か外法かでも異なります。
現代は、単純に1尺≒30cm 1貫 ≒3.75Kg 1里≒4Km で換算してしまいがちですが、過去の資料の数値を扱う時は時代考証の必要性を感じます。図面や地域によって、採用した基準がはっきりするのか、明記されているのかは解らないのですが、図面をみて、互いに理解できたようなので、図面表現水準も高かったのでしょうね。
尺もヤードも身近なものから派生してますが、メートルは子午線を等分に割った長さを基準にしています。
子午線の定義もブレがあるようで、今は、1秒の299 792 458分の1の時間に光が進距離を1メートルと定義されています。
先に1メータが存在して。光が1m進む時間から299 792 458分の1秒となったように思うのですが、それを基準にするのは、なんとなくパラドックスな気もします。代替となる絶対量がないので、光速基準になるのでしょう。度量衡は民族文化の要素が大きいのか、非生物的尺度のせいなのかは知りませんが、全世界統一とはならないようです。
江戸時代の金勘定は 1両=4分 1分=4朱 1朱=4糸目 の4進法だそうです。
それに加えて、関東は金本位制、関西は銀本位制で、複数基準で回っていたようです。それで大きな混乱にならなかったのも随ものです。銭は「九六勘定」法が存在していて、96文 は 100文として通用していたそうです。
これは、明治になっても生きていて、100文切手の半額の切手として、48文切手が発売され、通用してたそうです。累積端数処理はどうしていたのだろう。
現代は10進法で、加減算と累積で差が生じないことが当然になってますが、100年以前に、複雑な通貨単位があり、それを使いこなしていたとは、すごいことだと思うのです。
筆算で、天文計算したり、円周率を求めたり、12進法で単位系を作ったり。江戸時代の大店の経理システムの開発はかなり難しいものになりそうに思います。オーダーが来ても、作れる自信あるかなぁ。
数に関する感覚は、今と比べることは無意味ですが、電算機に頼らない分、磨かれていたように思うのです。