以前、お盆と暦の話をしたのですが、関連して
私は、所帯を持つまでは、実家の墓が何所にあるかすら知りませんでした。実家も原則として、墓には参りません。親の実家のある仏壇も開いている状態を知りません。
所帯をもってからは、相方が参らないと落ち着かないというので、「墓参り」なるものに行くようになりました。
墓参りを拒否して、波風が立つくらいなら行った方がいいかな。という意識で行ってます。精神安定剤なんでしょうね。
他人様に言わせれば、「不信心で罰当たりな考え」だそうです。いままで、罰が当たってないし、子孫を困らせるような子不幸な先祖は居ないと思うので、基本思想は変わらないでしょう。..........ソレデイイノタ
実家の墓を眺めてみると、日常使ってる名前と違う。
名前に「島」が入るのでずか、墓石には「嶋」が入っている。「字が違うやん。うちの墓か?」と親戚の古老に聞くと、『
山偏があったほうが「格好いい」から山偏にした』とのこと。
うんうん。厳かさや形式やより受けを重視するのは、血筋のようです。
本家の仏壇は父方と母方の両方の位牌が入っています。これも、宗派によっては、位牌を同居させると、喧嘩して、家が衰退すると言って嫌がる人もいます。同居できないので、一人娘が嫁いだ場合は、無縁仏にするのだそうです。無縁仏にするくらいなら、同じ仏壇で位牌どうし仲良くしたらいいと思うのだが、理解が得られない。
私は、位牌の横に十字架があっても、何が有っても、平気です。(変わっていると言われますが)、皆を救うということは、そうなることだと思うのですが....
都会では、初七日は葬儀当日に済ますのが一般化してます。中には35日まで済ます人がいるそうです。”通夜("つや"でなく"つうや"と呼んでます)は寝ずに火を消してはいけない”といわれますが、喪主が率先して、0:00に火を消して、就寝して、古老から顰蹙を買ってました。それでも罰が当たらす、暮らしているので、その程度のものだと感じてます。
信仰・習慣上の問題で、善悪問題でないし、説得して納得を得られる話でもありません。
同じ、仏教をベースにしている社会でも、見解の相違がでて、変人扱いされます。
ましてや、異なる宗教や国が仲良くするのは相当に難しいことだなぁ。と墓石の字をみる度に感じるのです。
北京五輪やグルジアが物騒ですが、中東地区、ウイグル、チベットという資源問題と宗教問題が絡むと、
宗教思想という倫理観と免罪符にした世俗的な現世利益対立に見えてしまう.....精神的には進歩してない気がします。
多神教で大乗系のほうが、対立し難い....と思うのは浅はかなんでしょうがそう感じるのです。