先日(2008年7月28日)に発生した都賀川の鉄砲水による事故は、悲惨で悲しい事故です。
私の地元です。直線距離で200m位の所です。件の川縁の遊歩道は銭湯に行くとき良く通ります。
マスコミの報道などを当事者感覚で見てしまいます。阪神大震災の時も感じたのですが、マスコミは大衆向けで非当事者向けのなメディアなので、当事者感覚からズレるのは、宿命かも知れません。
コメンテータは
・なぜすぐ逃げなかったのか。
・格好の良い遊歩道だが、危険を考慮しなかったのか。
・警報装置など防止策がとれななかったのか
・川縁への出入り口を閉鎖できなかったのか
いろいろ言われてますが、「非当事者だから言えるのよ」と感じるのです。
確かに、「六甲が曇っていれば、川から逃げろ」と言われています。しかし、体験者が身近にいない若い家庭には徹底てきてません。
今回は、数分前までは晴れていました。雨がぽつぽつ降り始めてから逃げ出した人が多かったです。事実、5人以外の人は逃げられました。荷物などの取り纏めかなにかの始末で手間取って逃げ遅れたのでしょう。不運が重なりました。遊んでいた場所周辺に川への出入れり口が無かったのも不運です。出入り口に辿り付く前に鉄砲水が来たようです。
5人は不幸になりましたが、それ以外の人は逃げれたということは、避難路は機能していたと見るのが妥当でしょう。
マスコミ的には不幸な方が絵にになるのは不可避なことで、肯定報道より否定報道のほうか、見栄えがするのも事実でしょう。
震災の時も、悲惨な絵になるところを探している撮影クルーに反感を感じました。マスコミ報道の限界かもしれません。
「なぜ逃げれなかったのか」という発言は、当事者を非難しているように聞こえるのは私だけでしょうか。
「警報装置、出入り口の閉鎖、安易な遊歩道の設置」など行政を責めるコメンテーターもいるようですが、薄っぺらなコメントは言わない方がマシと感じるのです。
都会の密集地にこれだけの設備以上を望むのは、無理があるし、これ以上の投資をすると、過剰投資だ、無駄使いだと糾弾されそうな気もします。
羮に懲りて膾を吹く的に遊歩道自体を否定することのないのを願います。
近隣の小学校の夏休み行事が中止になったりしてます。自粛も大事なことです。過剰な自粛も考慮がいるし、難しいものです。亡くなった方々のご冥福を祈ります。