尊敬する人や、見習いたい人と聞かれて歴史上の人物を揚げることがあります。
好きな人と聞かれたときもそうですね。私は天の邪鬼なので、引っかかるのです。接したこととない人を尊敬できるのかと。
歴史上の人物とは直接接することは不可能だし、現在、生存している人でも、コネがないと接することは難しいです。
なのに、その人を尊敬したり、気に入ったするのは何故なんだろうと思うのです。
芸能人がテレビや舞台で見せる姿とプライベートは別人というのはよく聞く話です。私は、「舞台上のxxxさんは善人だがプライベトでは汚い人である」という話を聞きますが、それでも良いと思います。舞台のxxさんが好きなんです。プライベートはどうでもいいのです。
人はプラス面もあるしマイナス面もあります。 白黒で分別できる物ではないです。人の良い面をもみればイジメも少なくなると思ってます。(甘いかも知れませんが)
歴史上の人物も歴史事実でファンになったというより、歴史小説が描く人物像を好きになっていると感じるのです。
最近、歴史と歴史小説は別物とい基礎知識を持たない人と言い合いになったので、特に感じました。
大岡裁きや遠山裁きの元ネタが大陸にあったり、吉宗が経済音痴だ、乃木希典は愚将だ...などという暴露めいた話は歴史家にとっては常識なんでしようが、夢が壊されますしね。
歴史は実行した行為の事実面しか語れないのて、背景や当人の思考回路は知りようがないです。それだからこそ、歴史小説家が描く人物像は作家の想像の産物であることを認識する必要があると考えるのです。
小説からの知識で人物を評価して、他人に押しつけるのは如何なものかと思うのです。「xxxx(歴史上の人物)に学ぶ 経営戦略」の類の本も、疑ってしまうのも私が捻くれ者だからでしょうね。 史実と違う人物像が浸透するのも疑問をいだきますが、ロマンとみると、それも良いかな?
今回も結論がアヤフヤでした。orz