Full Index Search や Regexやネットワーク検索の google/yahooなどの検索サイトがインフラになって、存在が前提になっています。
捻くれ者の私は疑問がわくのです。電算化以前の文字列(言葉)検索はどのように処理していたのかと。
裁判の判例/特許・新案の申請/落し物の捜索申請..etc... 申請書は手書で申請されると思われます。
探す相手は製本化されているでしょう。キーワードを抜き出し正規化して手動データベース化していると想像するのですが、そのデータベースの検索は人の記憶か目視でするのかなぁ。
とすれば、検索漏れも一定の割合で発生しそうな。判例や特許で過去検索して検索漏れを起こすとヤヤコシイ事態になりそうなので複数人数で独立して検索して結果一致のベリファイをしているのかな。
それとも、検索を職業にしている人は職人化して記憶のプロとして一言一句頭に入りきっているのかもしれません。
学問などの世界は全世界レベルのデータベース化が必要なんでしょうね。過去に同じ研究をした人の有無が研究の成果を左右しそうですし、自分がパイオニアだと思っていたら車輪の再発明だったことも起こ得るだろうし。
電算化以前の人智は最近の人智より高度であったような気がします。
昔作ったソースを引用しようとしたら所在不明で、検索に半日費やして、ようやく見つけたら、肝の部分は1時間位で作れる物でした。ノウハウは直ぐに引用できないと価値が激減します。
ノウハウの蓄積は、個人記憶に左右される物なんでしょうね。記憶以外に残るノウハウは活字でしょうから、微妙なニュアンスは表現できません。コツや感などは当人以外には継承困難なものでしょうし。
団塊世代の引退が技術継承の切断を招くと言われますが、むぺなるかな。
ソースを探し疲れて、とりとめの無いことを考えてしまいました。