社会の事象はマルバツ/白黒/善悪などの二分できるものではない良いところですね。
ワープロが年賀状発行機になっている人は予想以上に多いそうです。
「手書きでないので心がこもっていない」という人と「悪筆な手書きを送るほうが失礼だ」という人がいます。
「朝令暮改」と「君子豹変す」
「二度あることは三度在る」と「三度目の正直」
など諺や戒めは相反することも共存して、都合の良いほうを都合よく使い分けています。
「名前を間違うのは最大の失礼だ」という人が多い。逆に「名前は識別の符号でしかないないのだから識別できればなんでもよい。」という人もいます。
それと同じように「肩書きを間違うのは失礼だ」という人も多いです。肩書きは当人の会社の内部事情でしかないので他社と比較できる項目ではない局所ルールですね。
しかし異常に固執して不毛な仕事を増やしているのも事実です。
多くの会社では4月に昇給昇格するので、その時期は取引先の担当者の移動情報を掴むのに少なくないコストをかけてます。
(私は、肩書きや名前は識別子としか看做してないので、AさんでもアさんでもOKなんですが、それを主張すると、説教を垂れてくれる人が居るので主張はせずに従順してますが <=コラ)
こういった、生産につながらない仕事って結構多いのも事実だと思います。イエ この事を否定しているのではありません。こういった無駄に見える仕事が全体の潤滑油になっていると思うのです。
社会は論理的正解な仕事や合理的な仕事だけでは成り立たないと思うのです。我々IT屋の中には非合理的な事象を嫌う人がいたりしますが、非合理的な中から文化が登場するのも現実だ思うのです。
自分と相反する意見を持つ人の存在を認めるのも大事だなぁって感じる今日この頃です。