コンピュータが無い時代のほうがデータをキチンと処理できていたのは皮肉なものです。
社保庁への批判はさんざんマスコミに叩かれているので追記することは無いのですが、マスコミの叩き方に貧しさを感じます。テレビ・新聞ともに社保庁だけが悪の権化の扱いですが、それだけでしょうか、問題の原因を追究しないと根本解決にならない気がします。社保庁がした仕事は他の官庁のお役所仕事と本質的に違いはないと思うのです。
「役所/行政府はデータの扱いが下手」も一つの原因と言えないでしょうか。健康保険・年金・納税などは国民一人一人に付随するデータです。個人識別子がキーになり識別子で一元管理する必要が出てきます。しかしこのキーが複数存在します。年金番号・健康保険番号・納税者番号・住基ネット番号・パスポート番号・その他多くありますね。どれも特定一個人を指すものです。一つのオブジェクトに複数の主キーを設定するとバグの元です。一つにするべきでしょう。
これらのキーから個人を特定する仕組みも軟弱です。個人からキーは引用できるのにキーから個人を特定できないのはバグです、しかも本人確認する術に使えないのは如何なものでしょう。運転免許やパスポートは顔写真が付いているから、所持者と本人の照合が可能ですが、健康保険や米穀通帳には写真が付いてないので照合できません。その結果保険証が金融業者に流れたりして悪用されています。
現在の個人情報保護法は弊害しか生みません。学校から名簿が消えて、緊急連絡網が作れなかったりしています。糾弾されるかもしれませんが、この手の法律は社会が円滑に機能して初めて主張できることだと思うのです。社会が円滑でない現状では、個人情報保護法は足を引っ張り問題を生成するだけです。
勉強会などで戸籍の漢字のことを聞きました。自筆登録に起因する問題で筆記した字が間違っていても登録時の字が正字として扱われるそうです。戸籍には読み仮名欄が無かったそうですね。個人名の読み仮名は住民票に記載するそうです。(そうだったかな..こんど役所に行ったとき確認します) ということは、この時点で読み仮名と戸籍のリレーションが無いということですね。改名は法律的に難しいですが、住民票の記載の変更は易しい、ということは自分の名前の読み仮名を変更しても法的に問題はなく、読み仮名改名は安易にできるようです。(Net上では出来た人の報告が載っていました。)
"坂元 九"で登記しておいて後で名前の読みを "いちじく" に変更ができるということですかね?
名前と読み仮名の関係に一意性が無いのに、社会保険庁の電算化の際に漢字氏名をカナで入力するように指導したリーダーのデータに対する認識度の低さを感じますね。当時は漢字が扱えなかったから一意性が崩れても構わないとはならないでしょう。
個人情報保護の趣旨に反して、個人情報はザル状態です。陸運事務所に行けば車の登録番号から持ち主の個人情報がすぐ判明します。しかも誰でも任意に閲覧できたりします。他にも個人を特定できるキーワードで役所経由で情報を合法的に取得できたりします。システム欠陥といっていいでしょう。学齢期や結婚適齢期の子女情報が業界に筒抜けなのは承知の通りです。
郵便番号が7桁になって、町名まで番号が振られてます。それと同様な区画番号というものを交通省が作っていて管理しています。番号体系は全く別ものです。車の登録業務はこちらの区画番号で行われます。一軒の家の地域番号は郵便番号と、もう一つ区画番号があるのです。一軒の家は一Objectなのだから地域コードは一つにすべきです。
加えて住所は地番表記と住居表示とこちらも二元管理されてます。
データ管理の基本は一元管理ではないでしょうか。
以前の首相がITをイットと呼んでましたが、電算化以前の問題として広義のデータの扱い方が身に付いていないなぁと感じます。
管理するのは良くないですが、戦前の徴兵制度での国民データ管理は徹底していて、社保庁のような杜撰さはなかったと推測します。徴兵漏れ少なかったし、赤紙逃れの探索は凄いものがあり、憲兵が持つ個人データに漏れは少なかったと古老から聞きました。 (戦争賛美でも徴兵制度の肯定でもないです反対です。データ処理の在り方を言ってます)。