仕様書に記する言葉は一意性が必要だと考えています。
受け手の解釈が人によって異なるような書き方をして、成果物が仕様策定者の意図と違った場合、バトル化することはありがちです。
下流工程者が責任を被るのは公平さに欠けます。仕様書の一意性の検討が必要だと思うのです。
IT業界以外でも、このように感じることはあります。
会計業務の"自動仕訳" という言葉。 伝票入力時に科目がパターンとして出現する機能を "自動仕訳"と言う事に当初は違和感を感じたものです。すぐ慣れるが。仕訳担当者の視点でパターンが自動で出てくるか。英語でも Automatic classification なんですね。翻訳技術の問題かもしれません。
タクシーの自動ドア..運転手が手動が開閉しているのに"自動ドア"と称するのは、利用者からみたら自動だからか。
これらは、単語が体を表していないと感じるのです。単語の視点がハッキリしているから、まだマシかもしれませんが。
もっと不思議なのは、「法律解釈」..憲法解釈などは解釈の仕方によっては正反対の結論が道かれている気がするのです。
社会ルールである法律の運用が個々人の解釈にまかされているというのが、理解し難い点です。法律を策定した時点では適用背景がはっきりしていた筈です。その適用背景が明文化されていないので、法律文書の一意性が無くなっている。言い過ぎなのかな。
曖昧にすることで、運用に幅と遊びができるので、そのほうが良いのは理解できますが、正反対の結論が出るのは、曖昧すぎると思います。
温情判決などは曖昧だからできる事だとも言えるので割り切るのも酷な気もするし。
仕様書を記するときにも注意したい事柄です。