業界に入った頃「情報技術者は本能的に合理性を好み、非合理性に違和感を感じるモノだ。」という教えを頂きました。当初は、100%同意してましたが、当てはまらないこともあるなぁと感じることも多々あります。年を重ねる毎に同意度が低下してきて、今は50%程度しか同意できないです。
「便利なモノ、使い易いモノ」を求めると製造コストは反比例して増加することが多いです。
「簡単に見えるモノ]こそ、仕組みは複雑で高いコストがかかります。
「簡潔で短いプログラムソース」ほど作者のスキルは高いです。(..これを高コストとするか低コストとするか難しい。学習コストを含みか否かで変わります)
教える技術もそうです。易しく教えるためには、高いスキルと理解が要ります。
合理性の判定の切り口を、ユーザー(UI,操作性面)から見た場合と製造者側から見た場合が一致しない場合があります。
この状況になったとき、どちらを優先するか、操作性でしょうね。それを踏まえて、製造の仕組みを組み直す技量が求められます。
プログラムの作りが歪になるから、使い勝手に制約を加えるというのも一理あるのですが、構造的に厳しいときに制約に加えるのは当然ですが、無理がない範囲で聞き入れるべきだと思うのです。
ところが、この操作性というものの判定が曲者で。UI的に合理的であっても使い難いものもあります。
リリース当初、使い難くても、長年使っていくうちに、慣れてきて使いやすく感じるようになったりもします。
万人にとって使いやすいモノは存在しないです。使い難いと感じる人がいつも一定の割合で存在します。
(私には 、vi-editorの便利さが未だに解からなかったりします。GUI系に毒された結果、コマンド系アプリが使い難くなってます。)
慣れと使いやすさを区別するのは難しいし、数値化できないでしょう。となると,設計/製造の判定基準を何処に置くか悩ましいところです。 特定業務アプリだと、ユーザーの声の大小で判定は付きやすいですが、不特定相手の場合だと悩ましいものです。
自分でも恐ろしいと感じたことがありました。顧客要望で。仕様書をEXCELで書くのが記述標準だったことがあります。そうです。EXCELシートを方眼紙に見立てて記入していく手法です。嫌悪感一杯だったのですが、次第に慣れてきて、嫌悪感が消えて、好感すら感じてしまいました。
「クラス図, シーケンス図も Excelで賄えるじゃん」とすら感じるようになったものだから,人の感性なんていい加減なものです。
客観的に合理性/便利さを判定するのは難しい。