Web上にノスタルジー記事が載っています、ognacも便乗して。
マイコン雑誌として工学社のIOが刊行され、西さんは最初はそこに参画していたらしい。
編集方針の不一致から,工学社を飛び出して,ASCIIを作ったと記憶してる。
Asciiは創刊号から10年間は欠かさず買っていたが,テクニカル要素が薄らいだときから買わなくなった。
一時期,テクニカルASCIIなる物が出たが,直ぐに廃刊になった。
発刊当時は,マイコンをすることと, マシン語で組むことが,同じ意味だった。
マイコンのセミナーや教科書といえば,CPU(808x ,Z80,6800)のインストラクションから教えていた。
プログラム記事は, アセンブラソースが掲載されたが,入力媒体となる付録がない。
(CDどころかフロッピーすらない。第一,入力装置がない。
一時期は, 雑誌に付録にCD/フロッピーを付けることが出来ず,ムック誌の形態をとった。事もあった。
)
それ以前に,アセンブラがない。
データ保存は, 300BPSのカセットの時代で, 電話回線も音響カプラで,300BPSがままならなかった。
入力は,記事に乗っていた,16進DUMPリストを,ひたすら,入力するしかなかった。
入力ミスの発見のために, 256byteごとにチェックサム値が掲載されていた。
人間アセンブラであったので、今だに C34A3C を見ると, JMP 0x3C3A と見えてしまう。
数年後に,Basicが出回ると, マイコンすることとBasicでコーディングすることが,同じ意味だった。
時はたち,いまや,パソコンすることは, Web閲覧であり, ワープロ入力であり,アプリを使うことである。
パソコンでプログラム開発している人の割合は,パソコンユーザーのうち,少数派になっているのだろう。
そういった、業界の流れに乗って、 編集方針が変化してきたAscii。
年刊 A!Ski の存在も知らない人が多くなってきたAscii。
Toshiba(だったかな?)の 12bit マイコン搭載の機械があったり, (1byte=12bitのCPU)
MS系のBasicが 6800系のCPUで稼動するマイコン(日立Basicマスタ)。
NEC98系で動く Xenix という名の Unix
カセットテープで, OS/Compiler/実行Moduleを入れ替えるクリーンPC(MZ80)
などの情報は ,ASCIIやBitから入手した。情報源が乏しかった時代,発売日が待ちどうしかった。
そんな 1980年代の思いが彷彿としてくる。その当時の ASCIIは,今のASCIIとは別物だったと思う。
C-Magazine / bit / TryPC / DDJ / etc...幾多の雑誌が消えた. 情報源がWebに移った今となっては,
雑誌の形態では,情報発信媒体としては,遅いのだろう。仕方ないが,残念だ。
純粋な技術雑誌を望みたい。
合掌。