2007年問題2
いろいろ意見ありがとうございました。
↓前回の記事
http://blogs.users.gr.jp/naka/archive/2004/11/09/5958.aspx
ShowGさんのおっしゃるように、必要なものを残す。自分がいなくなっても滞り無く物事が動くようにしておくということではないか。
要は仕様を聞きに来られたり、再雇用しないと行けないとか言う前に対処しなくちゃいけないのに、それに失敗しているということ。
きょうの日経産業にこの話を日経コンピュータから出張して書かれてありましたが、伊勢神宮が取り上げられていました。
伊勢神社の式年遷宮は20年に一度お宮を移す。
宮大工に技術を伝承させるためにやっている側面もあると書いてあったが、そのためが本意ではないと思うが、一面的には正しいだろう。
ソフトウェア業界はどうだろう。
- メインフレームなどとともに一生同じコードベースで生き延びようとしているパターン
- 初回開発のみでサーバ機のリースなどとともにリプレースを行うパターン
- いれたらいれっぱなし、使わなくなって自然消滅または思いついたかのようにリプレース
- 適宜バージョンアップを繰り返し、最終的にリプレース
確かにすばらしいプログラムで、すばらしい設計で、すばらしいドキュメントがあっても5年前のシステムをいきなり作り直してくれって言われてもなかなか難しい。
仕様書は現在の姿をあらわしてはいても、何故そうするかまでは表現できていないことが多い。
#これに関しては項を改めたい。
私は上記のパターンで言うと4が一番望ましいと感じています。
/
バージョンアップはどうしても増築になるので変なところから煙突をはやしたりということはある程度避けられない。
かならずリプレースという作業を経なくては行けないと思う。
"既存ロジックは存置して"とか、"予算が無いから"、"今動いているから"と延命だけすると"何故"こうしなくては行けないかが失われてしまう。
システムのリプレースは、そのシステムの"何故"を現状に合わせなおす作業でもあり、必要かどうかの見なおしもするべきだと思う。
そうやってシステムは若返り、生きつづけることが出来るのではないだろうか。