どうも、友達の子供から「おすもう」と呼ばれたことがあるma2(まっつ)です。
# ええ、自虐ですよ
今回はちょっと重いハナシ。
先月でそれまでお世話になっていたプロジェクトを引き上げ(片付きはしなかった)、新しくお世話になるところを営業経由で探してもらっています。
引き上げ当初は二人そろって「がんばるそ」「がんばりましょう」と言っていたのですがいろんな数字(毎朝記録しているの以外)が落ち込んだり、悪いニュースしか見かけなかったり意気込みも空しい状態です。
で、ふと営業担当の人に「どんなときにどもるとかって、傾向みたいなのあるの?」と聞かれました。
傾向ははっきりとあって、ココログのエントリ(上述)にもあるようなものです。
過去にシステムで使うファイルの仕様を作るときに、「ファイル」という言葉が言い出せなくて困ったことがありました。
更に昔を思い出してみると、以下のようなことがあったことを思い出しました。
- 意識させるとダメなので気軽に話せる空気を作る配慮をしてくれた上司
(真っ先にあだ名を付けて、打ち合わせなどでも極力その名前で呼ぶ) - 歌うように話せば? (ビールでも)一杯引っ掛けてから仕事したらいいとかいう上司
(気のいいおっちゃんタイプが多かったです。悪ふざけが過ぎてて当然ながら採用不可) - 接客で直ったやつを知ってるよ? やってみれば? とか言ってみるテストをするおじちゃん
- 障害者認定とかしてもらえないの? と聞いてみるおばちゃん
みんな悪意は無いと思いますし、軽い冗談で流せばその人とは話しやすくなります。
実際、筆談や時間をかけて受け入れてくれた人もいます。今の営業担当も信頼してくれているようです。
が、問題はそこではないわけです。
過去に障害者手帳のことを言われてそのときは、それあると何かあるの? と思う程度だったのですが、改めて調べてみました。
等級があるんですね、知らなかったです。
でも、どもり(吃音)は等級を定めようという訴えをしている人がいるぐらいなので、認定されません。
自分でも、すらすら話せるときと詰まってしまうときがあるので、認定よりも治るのなら治すことで対処したいなと思ってしまいます。
# wikipediaによると、病気という分類らしいのですが、研究する人が皆無なようです
初めての人や大事な場面でいかにスムーズに話すか。これに注目する意味では障害者認定もあまり意味を持たないような気がします。
[追伸]
で、冒頭の話に戻りますが、自分のことを「おすもう」と呼んだ子供は機会を見て土を付けようかと目論んでいます。